• 2011/11/09
  • 執筆者: Yamaoka (12:50 pm)

<新連載>『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』(第28回)「今だから語れる石川さゆりとの秘話」

筆者・田沢竜次(フリーライター)。1953年東京生まれ。編集プロダクション勤務などを経て1983年からフリー。85年『月刊angle』連載を基に『東京グルメ通信・B級グルメの逆襲』(主婦と生活社)を書き下ろし、また文春文庫の「B級グルメ」シリーズでも活躍。B級グルメライターとして取材・執筆を続け今日にいたる。一方、大学の映画サークルで自主上映するほど映画にも精通。著書に「B級グルメ大当りガイド」「ニッポン映画戦後50年」など。

 こないだNHKの深夜番組を見ていたら、京都音楽博覧会の様子を放映していた。何人かの注目のアーチストに交じって、今や歌謡界の女王・石川さゆりが「津軽海峡冬景色」を熱唱していたのだが、これがロックコンサート風野外ステージで、オーケストラ演奏ではない環境での着物姿の独唱というのが、一見ミスマッチ。しかしお見事、美空ひばりに迫るビッグアーチストだなあと感激しちゃった。石川さゆりといえば、実は忘れられない思い出があって一つは何と学生時代に直接、本人とテレビ番組に出たこと。それも「津軽海峡?」大ヒット以前の、B級アイドル歌手だった頃(1975年)なのだ。
 もう一つは、石川さゆりが20歳の頃、水俣の患者さんたちが自分たちで企画したコンサートに招かれて歌った記録映画を観たこと。一貫して水俣のドキュメントを取り続けた土本典昭監督の『わが街、わが青春 石川さゆり・水俣熱唱』という映画がそれ(彼女は熊本出身)。
 石川さゆりのデビューは1973年、ベレー帽姿で「かくれんぼ」という、いかにも当時のアイドル少女系ののりでテレビに登場したことを覚えている。当時、「スター誕生」系のアイドル全盛時代で、山口百恵、桜田淳子、森昌子が「花の中3トリオ」で突っ走り、さらに天地真理、南沙織、麻丘めぐみ、浅田美代子、アグネスチャン、伊藤咲子などなど、アイドル歌手がしのぎを削るなかで、石川さゆりは、存在感も希薄で、田舎のB級アイドルってな感じであった。73?75年にかけてコンスタントに新曲は出ていたのだが、どれもあまりヒットせず、まあこのままだと間もなく消えるかなって印象。


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