• 2020/02/06
  • 執筆者: Yamaoka (2:34 am)

<復活!!>『田沢竜次の昭和カルチャー甦り』第12回「“殺し屋”宍戸錠逝く」

筆者・田沢竜次(フリーライター)。1953年東京生まれ。編集プロダクション勤務などを経て1983年からフリー。85年『月刊angle』連載を基に『東京グルメ通信・B級グルメの逆襲』(主婦と生活社)を書き下ろし、また文春文庫の「B級グルメ」シリーズでも活躍。B級グルメライターとして取材・執筆を続け今日にいたる。一方、大学の映画サークルで自主上映するほど映画にも精通。著書に「B級グルメ大当りガイド」「ニッポン映画戦後50年」など。

 宍戸錠が亡くなって(享年86)、また日本映画黄金時代を駆け抜けた魅力あふれる役者が消えた。
 宍戸錠といえば報じられているように、日活のスター。それも正義のヒーローや青春映画のイケメンというよりは、不敵な悪役。それも殺し屋が一番似合っていた。
 1961年、当時の日活のトップスターであった石原裕次郎がスキー場で骨折したため半年以上も映画に出られなくなり、さらに若手のホープであった赤木圭一郎もゴーカートの追突事故で21歳で亡くなった。二人とも毎月のように主演映画が封切られていた時代だ。困った日活は、準主役扱いだった二谷英明を通称ダンプガイ、また宍戸錠を通称エースのジョーと呼んで主演作品を用意したのだ。
 宍戸錠はわざわざ頬っぺたを整形して悪党面にして、しかも日本一の早撃ちスターとして売り出した。当時、世界一の早撃ちスターは『シェーン』の主人公で名高いアラン・ラッドだった。
 こちとらが小学生だった1961〜62年頃といったら、テレビで毎日のように西部劇が放映され、モデルガンが大人気だった。お金持ちの息子の家なんか行くと、ガンベルトに高級そうなモデルガンなんか持っててさ、二挺拳銃で早撃ちごっこなんてやってたもんだ。一方ビンボー人の息子は安い銀玉鉄砲(銀玉が速射で出て結構迫力があるのだ)か水鉄砲、さらにマッチガンとかいってマッチ棒を詰めて飛ばすという変なものもあったっけ。
 その頃、宍戸錠が出ていた日活映画は舞台は日本なのに西部劇みたいな不思議な設定というかハチャメチャなものが沢山あった。乱闘のさなかなのに主人公が歌いだすと皆、手を止めるとかね。その後、学生時代に名画座とかオールナイトで昔の日活映画を良く観に行ったが、宍戸錠主演で忘れられない作品が何本かある。
 なかでもスナイパーの殺し屋を主人公にしたハードボイルドの傑作といわれているのが『拳銃(コルト)は俺のパスポート』(67年)だよ。宍戸錠はそれまでとは違って、寡黙な殺し屋の役で狙撃用ライフルで標的を仕留める姿が抜群にかっこよかった。

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