お知らせ

○重大なお知らせ

本HPは6月22日(金曜日)を持って完全移行します!

従来のシステムが古く限界に近づいたため、6月22日(金曜日)からまったく新たなHP(https://access-journal.jp)を構築、そちらに完全移行します。
それと同時に料金体系も一新。個人に関しては月額800円(+税)のクレジット決済のみに統一します。法人に関しては料金体系は従来通りで、銀行振込も可能です。

したがいまして、有料講読入会も6月22日(金曜日)以降は、新しいHPの方でお願い致します(このHPからの入会は絶対にしないで下さい。万一、誤って入会されても返金致しかねます。)

もちろん、すでに入会いただいている方におきましては、最大1年間、このHPは閲覧専用のために残しますし、その間の新規記事も新しいHPと並行し掲載することで不利益を被らないようにしますのでご安心下さい。

本紙「アクセスジャーナル」をいつもご覧いただき、本当にありがとうございます。
これを契機に利便性、セキュリティー、そして記事内容もさらに向上させて行きますので、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

最新エントリ
  • 最新エントリ配信
  • 2009/05/18
  • 執筆者: Yamaoka (7:00 am)

<心声天語>(116) 虎を「猫」と言いふらす人たち   

アジアからヨーロッパに虎が搬入された時、虎を初めて観た人たちは、虎という動物がどんな生き物かを周囲に語り伝えた。すると、それを聞いた人たちも“虎の姿”を他の人に話した。ところが、テレビも新聞もない時代、アジアからやって来た虎はいつの間にか「猫を大きくした生き物」との認識で根付いてしまった◆虎は猫科の動物、似てなくもない。しかし「虎は猫を大きくした動物」とは、行き過ぎである。多分、虎の話が伝わっていく過程において“知ったかぶりする人”や“無責任な人たち”が虎と猫の似ているところを必要以上に誇張しては、そこに自分の解釈を付け加えて得意気に“吹いた”のだろう◆我々の周囲にもこのような話がたくさんある。「火のないところに煙は立たない」というが、焚き火を火山のように言いふらす人、真実を捻じ曲げ無責任な噂を垂れ流す人…そんな輩がごまんといる◆昔は、「人の噂も七十五日」といってあまり気にしなかった。ところが、今日の情報化社会では、そうはいかない。どんなに小さなことでも「言論の自由」を翳すマスコミの餌食になりうる。中には、無責任な風評や噂で倒産に追い込まれる企業まである◆法律を犯すことだけが罪ではない。人間の口から吐き出される偽りの言葉や無責任な解釈…噂の途中に関わった人たちの「自分の見解こそ正しい」といった傲慢さも、罪なのである。物事を“側の視点”“側の論理”だけで見据え、そこに勝手な解釈を付け加えて得意になっていること自体、虎を猫と言いふらしているようなものである。(和光)
閲覧数 (28047)
  • 2009/05/14
  • 執筆者: Yamaoka (8:10 am)

<心声天語>(115)病んでいる日本社会

数年前、ニューズウィーク誌がアジアの若者を対象にアンケート調査を行った。「独立した個人であることはどれぐらい大切か?」との質問に、「とても大切」と答えた若者はタイで七十五%、フィリピン四十七%、中国二十八%、日本は九%であった。恥ずかしい限りである◆今の若者たちが生まれた時、日本はバブルの真只中であった。金が舞い、何千万円もするスーパーカーが街中に溢れ、小学生までがブランド品をつけて登校する“狂った社会”である。国中が“お金”に浮かれていたあの時、当時の子どもたちは、何を思い、何を考えていたのだろうか◆国家の将来は若者の健全度に比例する。今の若者たちに日本の将来を託さなければならないと思うと、不安が過ぎる。とくに、親が子を殺し、子が親を殺すに至っては“狂った社会”のなにものでもない。「教育」云々と言う前に、せめて「親を殺してはいけない」との、人間として最低限の常識だけは教えなければ…◆日本は、礼節と和、精神を重んじる国だ。ところが、今日の日本を観ていると、道徳もモラルもない、とことん病んでいる社会に見えてくる。いつ頃からこんな国になってしまったのだろう◆先のニューズウィーク誌の質問の中に「自国の指導者が誰か知っていますか?」との質問があった。それに対し「知らない」と答えた若者は、日本が四十五%でトップ、ベトナム四十四%、香港三十二%、マレーシア二十一%、韓国四%、驚きというより“恥”である。しかし、若者たちだけが悪いのではない。四年間で四人の首相が入れ替わっている日本、誰が指導者かわからないのは当然であろう。(和光)
 
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  • 2009/05/11
  • 執筆者: Yamaoka (9:00 am)

<心声天語>(114)戦国武将ブーム  

最近、「戦国武将」がブームになっている。こうした傾向は、世の中が平和すぎるからである。世の中が平和すぎると、“雄本来の姿”が失われたようになる。すると、戦国時代を生き抜いた男たちに「男のあるべき姿」を重ねようとする◆戦国武将の代表である「織田信長」「豊臣秀吉」「徳川家康」。三人の性格を表する言葉に『鳴かぬなら殺してしまえホトトギス(信長)』『鳴かぬなら鳴かしてみせようホトトギス(秀吉)』『鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス(家康)』がある。各自の個性を実にうまく言い表している◆短気で行動派の信長、器用で知恵者の秀吉、忍耐の家康…三人の生き方こそ違うも、苦難を乗り越えてトップに上りつめた運命は、似ている。だからか、日本の経営者たちの多くが、彼らの伝記を読み漁っては、何がしかの教訓を得ようとする。しかし、そこで得られるものは何もない。ただ、トップゆえに備わっている器量に理想を重ね、そこから放たれる言動を教訓に結び付けようとしているだけである◆人生における人間ドラマは、時代に脚色され、時代の流れに左右される。あの「ビル・ゲイツ」とて、「コンピューター時代」に生まれたからこそ、世界一の金持ちになれたのである。いつの時代にも、時代と真正面から向かい合える人間のみが、頂点を極める◆これからの時代、鳴かないホトトギスを殺したり、無理に鳴かせたり、鳴くまで待ち続けるようなトップは、失格だ。せめて、『鳴かぬのは 親が恋しい ホトトギス』『籠の中 山に帰れよ ホトトギス』など、弱気ものを思い遣れる人間性と器量、そして、“自然”を愛するリーダでなければならない。(和光)
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  • 2009/05/07
  • 執筆者: Yamaoka (6:40 am)

<心声天語>(113)母の日

二十六歳でこの世を去った石川啄木は、二十二歳のとき、後世に残る素晴らしい短歌を作った。 啄木の短歌の中で一番好きなのが、啄木が母を背負った時に詠んだ『たはむれに母を背負ひて. そのあまり軽きに泣きて. 三歩あゆまず』だ。啄木の母「カツ」の、老いた姿が目に浮かぶようである◆.五月の第二日曜日は「母の日」、子どもが母に感謝を表する祝日だ。他の祝日は皆、日が指定されているのに、母の日だけは“第二日曜日”になっている。これは、仕事や用事などで母の日が疎かになっていけないとの、配慮からであろう◆母といえば孟子の母が有名だ。孟子の母は、最初に墓地の近くに住居を移し、次に市場の近く、さらに学校の近くにと、三度も引越しをする。「孟母三遷(さんせん)の教え」である。また、孟子が就学の半ばで帰省した時、母は織りかけの織布を断って、『学問も途中でやめればこの断機と同じ』と孟子を戒めた◆孟母だけではない。世の母たちは、子のためにはどんな辛い苦労も厭わない。母への感謝は、“感謝”の言葉をもってしても足りないぐらい尊きものである。天才も、凡人も、殺人者も……この世で唯一裏切らない存在が「母親」なのである◆今、このコラムを読んでいる読者たちにも母がいる……或いは、いたはずだ。ある母は、遠く離れた我が子を案じ、またある母は、逝ってしまった子の魂に日々、呼びかけている。どんな人間も、自分がこの世に存在しているのは母なくしてありえなかったことを忘れないことこそ、母への、真の感謝なのである。(和光)
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  • 2009/04/29
  • 執筆者: Yamaoka (8:00 pm)

<心声天語>(112)ある中国青年の話

中国の揚子江にかかる「南京長江大橋」は、鉄道と道路が一体となった全長6772メートルの橋だ。長さは世界で三番目、この種の橋としては世界一である。橋にはいつも、何千人という歩行者があふれ、橋の下には無数のハシケ船が行き来している◆一九六八年に橋が開通して以来、ここから千人以上が身投げし、自殺している。自殺成功率百%の橋でもある。この橋に三年前から三十代中頃の中国人青年が週末にやって来る。自殺しようとする人を説得し、橋から身投げしようとするのを止めるためである◆青年が揚子江橋の自殺者救助役を担うようになってから今まで、合計四十二人の命が救われた。青年のことがメディアに紹介された後、数人の大学生たちが青年の仕事を手伝うようになった。そのなかには、青年に救われた元自殺志願者もいる◆身投げする人を救うボランティア…青年は多くのマスコミに取り上げられた。ここまでなら「美談」である。ところが、ある日、青年がマスコミの取材で話した言葉に痛みを感じた。インタビューの最後に彼の表情が変わり、「自殺する人は卑怯な人間、無責任な人です。自分のことしか考えない…私の両親も私が五歳の時に自殺しました」と、声を震わせたのである◆五歳の子どもが一人で波乱な中国社会で生きてきた…どんなに辛く、寂しかったことだろう。同情では包んであげられない健気さである。青年がこの仕事をはじめたのは自殺志願者を救うというよりも、残された家族たちを救うためではないだろうか。そしてそれが、幼い日に刻まれた痛みを癒し、中和させる唯一の方法だと悟ったのではないだろうか。(和光)
*今回は以前、掲載したものを、好評につき再掲しました。
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  • 2009/04/27
  • 執筆者: Yamaoka (7:30 am)

<心声天語>(111)シンガポールの「リーダーシップ」

〇九年二月、米シンクタンク財団(ITIF)が世界四十の国の競争力に関する評価を発表した。一位はシンガポールであった。六十三の島からなるシンガポールは、北のマレー半島(マレーシア)とジョホール海峡で隔てられており、国土はモナコよりやや広い◆六三年、統一マレー国民組織によって支配されていたマレーシアは、中国系が大多数を占めるシンガポール住民が人民行動党の政治参加に懸念を抱くようになった。人種間の対立は激しさを増し、六四年七月には、マレー人と中国系住民が激突して二十三人が死亡、百人以上が負傷する事態が発生した◆事態の解決は絶望的となった。ラーマン首相は、「政府に忠誠を示さない州政府とは、全ての関係を断ち切る」とし、シンガポールをマレーシアから追放する事を決定。六五年八月七日、リーはマレーシアからの分離に合意する文章に署名した◆マレーシアとの合併を断たれたリーは、シンガポールの独立を発表するTV中継で『私リー・クアンユーは、自由と正義の原則、人々の福祉と幸福の探求、平等な社会を築く事に基づき、本日、シンガポールが主権民主主義並びに独立国家である事を宣言致します』と、涙ながらに語った。それから二十年、シンガポールは東南アジア最大のハブ国家に発展。いまや、外国企業約五千社、多国籍企業約二百二十社がアジア太平洋地域の本部を置いている◆李光耀氏が首相に就任した五九年、小さな漁村にすぎなかったシンガポールの一人当たりのGNPは、四百ドルであった。企業も国家も、トップの強力なリーダーシップに左右されるようだ。参考に、経済大国と評される日本は、九位であった。(和光)
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  • 2009/04/22
  • 執筆者: Yamaoka (8:40 pm)

<心声天語>(110)「過去」を溜め込んでしまう

三月末、事務所を築地から赤坂に移転した。関連会社も同時に引越ししたので大変な作業量であった。電話の移転、住所変更、荷物の整理…引越し準備の雑務に追われた一週間、夜の十時までかかった◆引越し荷物を整理していると昔の書類や資料、写真などが出てきた。その中には、思わず見入ってしまう“懐かしい”ものも少なくなかった。辞めた社員の履歴書、不動産企業が我が世の春を謳歌していた頃の不動産広告、出張先で写した写真など、過ぎし日の思い出が懐かしく浮かんできた◆移転先の事務所スペースは旧事務所の約半分、旧事務所の荷物をすべて移すことは出来ない。そこで、必要なもの以外はすべて、廃棄することにした。すると、あまり使わない「置いていただけ」のものがほとんどであったことに気付いた◆人間には、使わないものでも大切に保管する癖がある。とくに、思い出がしみついたものはなかなか、捨てられない。結局は、使いもしないのに引越し毎に持っていく。事務所に限らず、一般の家庭でもこうして積もった荷物の方が今必要とする荷物よりも何倍も多くある◆領収書やアルバムなど、過去の流れを知るために必要なものは大切に保管しなければならない。だが、使わないのに「捨てるのはもったいない」との気持で溜め込んでしまうのは、未練と執着が生み出す「負担」である◆人間にとって過去が大切なのは、過去の思い出や記録、教訓が“未来”のために必要だからである。実際に、われわれが生活していくにおいては、過去を必要とすることはあまりない。しかし、ほとんどの人間が過去を背負い込んで生きている…いや“過去から抜け出せず”に生きている。(和光)
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  • 2009/04/20
  • 執筆者: Yamaoka (3:03 pm)

<心声天語>(109)日本における「北朝鮮報道」

日本と「拉致事件」で対立する北朝鮮。共産主義の北朝鮮は“金正日同志”率いる完全なる独裁政権、金正日のことを北朝鮮のメディアは、「百戦百勝の鋼鉄の霊将」などと賛美している。全てが“偉大なる将軍様”のために存在している国である◆“日本の週刊誌”「週刊現代」は、幾度か「金正日死亡説」を掲載した。金正日はすでに死亡しており、今の金正日は「影武者」という内容だ。しかし、死亡説の根拠が今ひとつ、理解に欠けているように思えた◆「ヒトラー」が健在の一九四〇年、ナチズムとヒトラーを強烈に風刺した映画「チャップリンの独裁者」が制作された。戦争で記憶を失った「ハンナ」という女性と暮らすユダヤ人の男(チャップリン)が独裁者ヒンケルに間違えられ、反対にヒンケルの方が捕まえられてしまう◆ヒンケルに成りすました男は、壇上に立ち、演説を始める。『私は皇帝になりたくない。支配もしたくない。ユダヤ人も、白人も、黒人もみな、平等だ。大衆は自由を取り戻せ。奴隷になるな。諸君は機械ではない。民主主義のために戦おう。人生は美しく、素晴らしい。ハンナ、元気をお出し、太陽は輝いている…』と、ヒンケルと反対のことを訴えた◆ドイツは「チャップリンの独裁者」の製作を猛烈に抗議した。しかし、アメリカは聞く耳を持たなかった。当時、アメリカのメディアは一斉に、ナチの独裁政権を批判、「ヒトラー」の暴走を世界中に発信し続けた◆日本にとって北朝鮮は、「最もやっかいな国」だ。それだけに、日本のメディアにおける北朝鮮情報や報道は、より高次元の、より鋭い、より大局的な視点から発していかなければいけない、と思えるのである。(和光)
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  • 2009/04/16
  • 執筆者: Yamaoka (6:10 am)

<心声天語>(108)「人材派遣」というビジネス

日本に「人材派遣」なる言葉が登場したのは、約十五年前だ。その後、大手企業までが人材派遣に進出、多くの人材派遣会社が設立された。中には上場を果たした人材派遣会社もある。IT企業と人材派遣会社がベンチャー企業の代名詞のように脚光を浴びた時代、ほんの数年前である◆「人材派遣」なる業種は、米国からきたビジネスだ。資本主義の盟主国アメリカは、人間までも“商品”として扱ってしまう。すごいところだ。日本で人材派遣が遅くスタートしたのは、過去に存在した「遊廓」「タコ部屋」のような負の文化が影響しているからだ◆日本で人材派遣業が許可されなかった時代にも、幾つかの例外はあった。その一つが「芸者置屋」である。料理屋から「お座敷」がかかると「芸妓」という人材を派遣する。当然、良い芸妓がいる置屋は繁盛し、そうでない置屋は閑古鳥が鳴く。どこの置屋も売れっ子の芸妓を確保しようと躍起であった◆芸妓といえども初めから出来上がっているわけではない。そこで、舞妓の時から厳しく育てることになる。その時、最も重点がおかれるのが、派遣先での振る舞い、礼儀、配慮、素直さなどの内面的教えと、責任感と義務感の「プロ意識」であった。このへんのところは、今の人材派遣会社でも取り入れるべき知恵であろう◆不況の今日、人材派遣社員の需要が激減している。ところが、一方では「人材」を求める求人広告が増えている。どこの企業も、「要らない社員は追い出し必要な人材は確保したい」と思っているからだ。芸者置屋ではないが、いつの時代にも、精神的心構えや人間的基礎を身につけている人が、「人材」なのである。(和光)
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  • 2009/04/13
  • 執筆者: Yamaoka (4:10 am)

<心声天語>(107)「裏切り」を知らない犬たち

昨年十一月、オーストラリア沖でヨットから荒れた海に転落し、絶望視されていた四歳のメス犬が約四ヶ月ぶりに発見され、飼い主と奇跡の再会をした。犬は転落場所から約九キロ先の離島まで自力で泳ぎ着いた◆東京帝国大学(現・東京大学)農学部の教授、上野英三郎が飼っていた「ハチ」は、上野の存命中は玄関先や門の前で主人を見送り、一九二五年五月に上野が急逝した後も、渋谷駅前で主人の帰りを待ち続けた。渋谷駅で主人を待ち続ける「ハチ」のことが東京朝日新聞に掲載された、主人を慕うハチの一途な姿に人々は感銘、「忠犬ハチ」と呼ばれるようになった◆新潟県山古志村で暮らす石川家に生まれたばかりの子犬がやって来た。幼いころに母を亡くした兄弟が「マリ」と名付け、一生懸命に面倒をみた。やがてマリは成長し、3匹の子犬を生むが、そんな幸せな一家を新潟地震が襲った。母犬マリは、人がいなくなった被災地の現場で飢えと闘いながら子犬たちを育てる。マリの母性と健気さ、気丈夫さは、日本中に感銘を与えた◆古今東西、犬と人間の物語は数多くある。日本の御伽噺にも、多くの犬が登場する。正直者の爺に宝物を与えた「花咲じじい」の犬。猿やキジと一緒に主人の鬼退治を援けた「桃太郎」の犬◆「裏切る」という概念をもっていない犬たち。また打算や計算もない。犬は自分を大切にしてくれる飼い主をとことん信頼し、ついてくる。犬たちは、“人間様たち”が失ってしまった《金より大切なもの》が何であるかを、知っているようだ。犬たちの価値観、人生観…いや“犬生観”の方が人間以上に、気高いものに思えてきた。(和光)
閲覧数 (28223)
  • 2009/04/09
  • 執筆者: Yamaoka (6:20 am)

<心声天語>(106)眩しすぎる話

 出会い系サイトからジャンク・メールが届く。内容は“売春営業”である。なかには、「人妻」の文句で誘ってくるメールも少なくない。女性の貞操観念がこれほどまで地に落ちるとは、寂しい限りである。日本女性も、かつては「大和撫子」と言われていたのに…◆終戦を迎えた昭和二十年。平壌(現北朝鮮)に出兵していた峰谷弥三郎氏(当時二十七歳)は、二歳年上の妻と一歳になった娘を残し、スパイ罪の容疑でソ連兵に連行された。蜂谷氏は容疑を否定した。しかし、一方的な裁判にて十年間の強制収容所送りとなった◆極寒の地シベリアで過酷な労働に駆り出される日々。囚人の身から解放されると今度は、当局の厳重な監視下に置かれた。家族との連絡、日本への帰国も禁じられた。生きるためにソ連国籍を取得した蜂谷氏は、日本語を忘れまいと百人一首を口ずさみ、指で漢字をなぞったという◆蜂谷氏は、ソ連が崩壊したことで五十一年ぶりに祖国の地を踏むことになった。一九九七年六月、連絡を受けた草津市役所は峰谷氏の本籍地に連絡を入れた。すると、そこには戸籍から夫の名を消さずに待ち続けていた妻の久子さん(当時八十歳)がいた。五十一年ぶりに再開した老いた夫婦は、語る言葉もなく抱き合った◆半世紀を待ち続けた彼女は、夫は必ず帰ってくる、と信じ続けることで「夫との愛」を貫こうとした…いや、「蜂谷の妻」であるという「自分自身への証し」のために待ち続けたに違いない。不倫や人妻売春が氾濫している現代社会、男と女の愛が損得勘定でしか計られない今日にあって、眩しすぎる話である。(和光)
閲覧数 (27029)
  • 2009/04/06
  • 執筆者: Yamaoka (4:30 am)

<心声天語>(106)無機質な人間

数年前、チェスの世界チャンピオンである「カスパロフ氏」とIBMのコンピューター「ディープブルー」の六連戦がニューヨークで行われた。結果は、カスパロフ氏が「一勝二負三引分け」で敗れた。記者会見でカスパロフ氏は、「プレッシャーに負けた」と悔しさをあらわにした◆人間と対戦した相手は感情のないコンピューター、プログラム通りに動くだけの“機械”だが、その機械をつくったのは、人間なのである。人間がコンピューターに劣ることはない。人間がコンピューターより劣っているなら六戦全部負けたはず。カスパロフ氏は「一勝三引分け」と健闘した◆世界チャンピオンとて、人間が機械で負けては恥だという「プレッシャー」には、勝てなかった。感情の動物である人間は、時に、頭脳より気持の方が先走ってしまう。事実、脳の思考能力は感情に影響されると下がるそうだ。コンピューターも電圧が安定しないと正常に作動しない◆佐々木小次郎は「巌流島の決闘」で宮本武蔵に敗れた。これは、宮本武蔵が遅れてきたことに苛立ったあまり、敗れたのである。勝負に勝つためには、感情を介入させない冷静さと、喜怒哀楽を排除した無機質な人間に徹しなければならないようだ。しかし、いくら勝つためとはいえ、喜怒哀楽のない味気ない人間には、なりたくない◆日本の子どもたちは、幼いときから「人に勝つため」「人生に勝つため」の訓練を強いられている。そして、偏差値だの塾だのと騒いでは、感情のない無機質な人間になっていく。可哀想な子どもたちだ。人生は勝ち負けではなく、人間の喜怒哀楽が織り成すドラマで成り立っているのである。(和光)
閲覧数 (28459)
  • 2009/04/02
  • 執筆者: Yamaoka (10:20 am)

<心声天語>(105)経営の神様

世界の空港に降り立つと、日本企業の看板がやたらと目に飛び込んでくる。ソニー、ホンダ、パナソニック……ビール会社もある。世界を舞台に活躍する多くの日本企業は戦後の焼け野原から出発、創業者たちの信念と情熱をして、数え切れないほどの試練を乗り越えてきた企業たちだ。その試練たるや「不況」などとは比べられない…それこそ“試練”であった◆日本を代表する創業者のひとりである「松下幸之助」は、三男五女の末っ子として和歌山で生まれた。父が米相場に手を出し失敗、九歳で大阪・船場に丁稚奉公に出され、ここで礼儀や商いを習った。ある日、使いに出た折りに路面電車を見た丁稚の松下は、『これからは電気の時代や』と直感、奉公先を辞め大阪電灯(現関西電力)に見習工として入社した◆家電製品に代表される消費社会をもたらした高度成長期、これに照準を合わせ松下電器は、国際企業へと飛躍していった。昭和四〇年、松下電器を訪問したソ連の副首相に、松下幸之助は、『私は炊飯器などの家電器具を作って世界の婦人たちを台所から解放したいのです』と語った◆松下幸之助という創業者は、今なお、多くの経営者たちから「経営の神様」と慕われている。最近では、不況で悲鳴をあげている経営者たちが「経営の神様」の知恵を借りんとして、神様の書籍を読み漁っているそうだ◆日本には、「経営の神様」だけでなく、台湾からやってきた「金儲けの神様」、大阪の戎神社に祀られている「商売繁盛の神様」など、“神様”たちがいっぱいいる。だが、昨年から始まった世界同時発の不況は、“神様”たちが束になっても解決できないようだ。(和光)
閲覧数 (27759)
  • 2009/03/30
  • 執筆者: Yamaoka (10:00 am)

<心声天語>(104)カンボジア

TVでカンボジアのドキュメンタリー番組を観た。日本からの寄付で建てられた学校で学ぶ子どもたち。学校といっても木造の簡素な建物であった。しかし、子どもたちの目は輝いていた。思えば、カンボジアほど悲惨な歴史を辿った国も、稀である◆反政府ゲリラの最高指導者「ポル・ポト派」率いるポル・ポト政権は、カンボジアにとって悪夢の時代であった。ポル・ポト派は、私有財産制の廃止、都市住民を農村に強制移住して家族関係まで断ち切るなど、数々の悪政を強いて「アジアのヒトラー」とも呼ばれた◆イデオロギーの衝突に明け暮れた七十年代、多くの独裁者や権力者が現れ、消えていった。カンボジアのポル・ポト政権もその一つであった。ポル・ポ政権がベトナム軍に追われるまでの三年八ヶ月、処刑や飢饉、疫病、強制労働などで死んでいった国民の数は、二百万人、三百万人ともいわれている◆世界には、民主主義、社会主義、共産主義、王制など、いくつもの体制が存在する。そして、それぞれの国が「我が体制が理想の体制」とばかり、胸をはる。ところが、歴史を振り返った時、そこには、取り返しのつかない「数多くの過ち」が印されている。民主主義を謳歌している日本にも、かつて「軍国主義」なる無謀な時代があった◆十年前の一九九八年、元権力者のポル・ポトは、タイ国境に近い農村の小さな小屋で亡くなった。哀れすぎるほどのみすぼらしさで、息を引き取った元権力者も老いには勝てなかった。天は、人間の驕りと錯覚を封じるために「老衰」を用意したのだろう。(和光)
閲覧数 (29381)
  • 2009/03/26
  • 執筆者: Yamaoka (9:50 am)

<心声天語>(103)天才たちの「自殺」

先週末、「新聞紙面で見る七十五年の歩み」という雑誌を無造作に捲っていたら、昭和二年(一九二七年)七月二十四日付け大阪毎日新聞のページに、「芥川龍之介氏劇薬自殺す」との大きな見出しが掲載されていた。それをみて、「そうか、芥川龍之介は八十二年前に自殺したのか」と思った◆「芥川賞」は、文壇を志す人たちにとっては登竜門ともいうべき存在である。また、芥川龍之介も、日本の文学史に強烈な足跡を印した作家だ。しかし、ありあまる才能をもって生まれた彼がなぜ、三十六歳という若さで、死を選択したのだろう◆芥川龍之介だけではない。太宰治も、川端康成も、三島由紀夫もみな、自ら命を絶っている。天才は長生き出来ないというが、彼らも同様に、天才と生まれたがゆえ…人生の「答え」までもわかってしまったがゆえに、死を選択したのかもしれない。芥川龍之介の遺書には、「心境は澄み生に執着なし」と記されてあったそうである◆最近、中高年者の自殺が増えている。世界的な現象だ。人間、生きる糧を見失った時に死を意識する。生きることの虚しさ、空しさに心揺らいだ時に死が安楽に思えてくるのは、死というものは常に、「生」と向かい合った結果にて選択されるからである◆人生の「答え」が見えてしまったことで自殺する天才たちも、苦しみや虚しさに耐え切れずに自殺する者たちも、授かった命を自ら絶つのは、自分勝手な、傲慢な行為でしかない。いくら自分の命とはいえ、生かされていることの「感謝」に気付かないから、死を選択するのである。(和光)
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  • 2009/03/23
  • 執筆者: Yamaoka (9:30 am)

<心声天語>(102)人間の個性

会社の近くにある駐車場で鳩と雀がパン屑を食べていた。数人の人が駐車場に入ってきた。すると、鳩の方は人が近づいてもパンくずを食べ続けていたが、雀は逃げるように飛び去ってしまった。しばらくして、駐車場に人がいなくなると雀は戻ってきた。そして、鳩の群れに混ざってエサを突っついていた◆鳩と雀はどこの国でも見かける身近な鳥だ。しかし、鳩と雀の習性は異なる。鳩は人間を怖がらないが、雀は人の気配を感じると一目散に飛び去ってしまう。人間に慣れようとしない雀をみていると、「おい雀よ、もういいかげんに人間を信じてもいいんじゃないのかい」と言ってやりたくなる◆「平和のシンボル」として聖書にまで登場する鳩は、古代から、人間に大切にされてきた。反面、雀の方は穀物を喰い荒らす「害鳥」として人間に追われる環境で生きてきた。こうしたことから、雀のDNAに「人間は敵!」「人間に近づくな!」とのプログラムが書き込まれ、それが子孫代々受け継がれてきたのだろう◆生物のDNAにはさまざまな本能的プログラムが刻み込まれている。そしてそれが、何代にもわたって受け継がれてくるうち、生存環境に適応する「習性」となるのだろう。雀が人間に近づこうとしないのも、なんとなく、わかるような気がする◆鳩や雀ばかりではない。人間にも様々なタイプの人がいる。怒りやすい人間、疑り深い人間、卑怯でズルイ人間、人と仲良くできない人間…こうした個性もまた、育った環境や先祖や両親から受け継がれてきた本能的プログラムによるもの? かもしれない。(和光)
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  • 2009/03/19
  • 執筆者: Yamaoka (7:40 am)

<心声天語>(101)心の渇き

ウィリアム・ランゲヴィーシュという作家が書いた『明らかにされたサハラ砂漠』という本がある。内容は、サハラ砂漠を横断中にトラックが故障、「ラグ・ラグ」という名のアルジェリア人の一行が砂漠の真ん中で死と向かい合った話である。彼らは、その間、渇きのために死んだ状態になった◆灼熱の砂漠、一行は日陰を求めてトラックの下にもぐり込んだ。そして、そこに穴を掘って熱さから身を守ろうとした。やがて飲料水も底をつき、車のラジエーターの水をも飲み始めた。食物はもっていたが渇きが増すのを恐れて一切、口にしなかった。食物よりも一滴の水を望んだのである◆砂漠などで人間を殺すのは、飢餓ではなく、渇きからである。人間、渇きが増すと汚水、尿、血液など、液状のものは何でも飲みたくなる。さらに、生存のために他人の血までも飲まざるえない状況にまでなると、正常な思考さえできなくなるそうだ◆彼らは三週間後、死ぬ間際に救助された。後に彼らは、口を揃えて「渇きこそ、人間が体験する苦痛の中で最も恐ろしいもの」と語った。渇きは人間を死に至らしめるものだが、喉の渇き以上に苦しいのが「心の渇き」である。殺伐とした今の時代、多くの人が心の渇きに苦しんでいる◆豊かな文明を謳歌している現代社会にあって、たくさんの人たちが心の潤いを求めて彷徨っている。しかし、心の渇きを解決してくれる潤いは、どこを探してもない。なぜなら、心の渇きを取り除いてくれるのは、水ではなく、「人情」「義理」「愛」だからである。(和光)
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  • 2009/03/16
  • 執筆者: Yamaoka (9:50 am)

<心声天語> (100)欲が命を縮める

 昔、ロシアの或る村にひとりの百姓が住んでいた。自分の土地が少ししかないことに不満を持っていた百姓は、常々「もっとたくさんの土地がほしい」と考えていた。するとある日、それを聞いた大地主が、「お前の願いを叶えてやろう。お前がほしいと思う土地を馬に乗って廻ってきなさい。その土地をおまえに与えるから」と言った◆地主の言葉に大喜びした百姓は、さっそく、出かけることにした。一坪でも多くの土地を手に入れようとした百姓は、昼になっても、食事をする時間をも惜しんで進んで行った。太陽が地平線のかなたに沈もうとしていた。それでも、百姓は「もう少し先へ」「もう少しだけ」と進んで行った◆夜になった。道もわからなくなりかけてきた。腹がへり、喉もカラカラに渇いてきた百姓は、そこでやっと、帰途につくことにした。しかし、馬も疲れていたので、いくら鞭を加えても動かなかった。百姓は焦った。地主との約束では、今夜中に帰らなければ土地を貰うことができないからである◆やっとの思いで家に辿り着いた百姓は、疲労のために寝込んでしまった。そして数日後、百姓は息絶えてしまった。あれほど土地をほしがっていた百姓は、結局、一坪の土地をも手に入れることができずして、六尺の土地の小さな墓に眠ることになってしまったのである◆この話は、トルストイの童話に出てくる有名な話だ。それにしても、百姓の欲がなんとも、哀れに感じられる。人間、いくら多くの財産を持っていても死んでしまったら何にもならない。今の世の中でも、多くの人間たちが欲のために命を縮めている。(和光)
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  • 2009/03/11
  • 執筆者: Yamaoka (8:40 pm)

<心声天語> (99)「バカ野郎!」

 数年前、派遣会社から解雇された日系ブラジル人のアントニオさん(当時35歳)が、「上司に『バカ野郎』と言ったことで解雇されるのは、不当解雇にあたる」として、裁判所に地位確認を求めた。これに対し名古屋地裁は、解雇は無効だとして、会社側に賃金の支払いを命じた◆アントニさんは、休暇をめぐり会社と対立、役員に「バカ野郎」と罵声を浴びせた。すると2日後、「職場の秩序を乱した」との理由で解雇された。裁判官は、「部下として言ってはいけない言葉だが、別の部に配置するなど、努力を怠ったことは“解雇権の乱用”」と結論付けた◆部下が上司に「バカ野郎」と言うのは、あり得ないことだ。腹に据えかねることで「バカ野郎」と言ったとしても、「バカ野郎」という言葉を放った以上、それ相当の覚悟は当然である。なにより、自分の父親と同じ年代の人に「バカ野郎」とは、人間的にも問題だ◆昭和23年の吉田内閣時、衆院本会議で吉田首相と議員が激しくやりあった。議員『首相は興奮しない方がいい』、首相『無礼なことを言うな』、議員『何が無礼だ』、首相『バカ野郎!』、議員『バカ野郎とは何だ!』。吉田首相は、この議論をもって衆院を解散、これが「バカヤロウ解散」である◆「バカ野郎」という言葉は、辞める時の、お別れの言葉というのが常識になっていた日本、ところが最近では、「バカ野郎」と言う部下でも首にはできない。なんと寛容な国だろう。日本社会に「喝!」を入れるためにも、麻生首相がここらで、“祖父”に倣い「馬鹿野郎!」と啖呵をきってほしいものだ。(和光)
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  • 2009/03/09
  • 執筆者: Yamaoka (8:10 am)

<心声天語> (98)「らしくない」人間たち

燃え盛る炎に立ち向かう消防士に“男らしさ”を感じ、ねじり鉢巻をした魚屋のオヤジが大きな声を張り上げている姿を見ると「らしさ」を感じる。もしも、消防士が火を怖がり、魚屋の親父が元気のない声だとしたら、「らしくない」との印象に映るだろう◆消防士や魚屋のオヤジだけではない。どのような職業でも、その職業に携わる人たちが最も輝いて見える「華」なる印象がある。われわれがさまざまな「制服」に良きイメージを重ね合わせるのも、その職業から放たれる「華」への期待からだ◆「華」とは「らしさ」でもある。ところが最近、この「らしさ」を身につけている人が少なくなってきた。子供らしくない子供、教師らしくない教師、女らしくない女、政治家らしくない政治家。「らしくない」人間が増えると味気ない世の中になってしまう◆アメリカのオバマ新大統領には「華」があり、リーダー「らしさ」が漂っている。反面、日本の政治家は、「華」どころか最も「らしくない人種」に感じられる。他の「らしくない」人間は大目にみるとしても、政治家だけは、「らしさ」に拘ってほしいものだ◆政治家の政治家たる所以は、国民との約束を守れるかどうかにある。国民の前で「国家と国民のために死ぬ気で頑張る」と約束したならどのような試練が横たわっていようと最後まで、最善をつくさなければならない。それが…国家のリーダーである首相が途中で投げ出すことは「らしくない」人間の見本みたいなものだ。これだったら、魚屋のオヤジの方がまだ、ましである。(和光)
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